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1995.1.17 神戸震災記録館

〜 あの日を忘れない 〜

このページは1995年の阪神淡路大震災の記録を個人的に残しておこうという趣旨で開いています。
ここにある写真はすべて管理人が現地で撮影したものです。

 1995年の2月、阪神大震災がおきて間もないある日、当時修士1年だった私が所属していた大学の研究室に1本の電話がかかってきました。別の研究室の友人M君からのその電話の内容は、地質調査所が地震後の調査を神戸で行うので、その際に作業員として学生バイトを募集しているけど参加してみないかというものでした。

 私のいた研究室では地震直後に淡路島に調査に行っていますが、私は研究分野がずれているため調査からは外れていました。それで今回のこのバイトはチャンスと思い、二つ返事で応募することにしたのです。

 バイトの内容はみなさんもご存知の、測量の目印となる棒を立てるだけの仕事です。しかしこれが結構技術がいるというか、私がドンクサイだけだったかもしれませんが、まっすぐ立ってないと何回も調査員さんに注意されてしまいました。とほほ。

 さて実際の調査の方は青木に集合した後、地質調査所の車で東灘区内へ移動し、そこにあらかじめ設定された3本の調査線を海岸側から山側へ移動して4〜5日かけて行われました。調査当日はいずれも寒く、目いっぱい重ね着してコロコロになった状態でのぞんだものの、じっとしている時間の長い仕事だけに寒さがこたえたことが印象に残っています。
    
 当時は地震直後で町全体が瓦礫と埃でまみれ、そこかしこに崩壊したorしかけの建物が残っていました。まともな状態の建物はひとつもなく、傷跡の生々しさがくっきり残っていました。ここにある写真はそんな中、バイトの始まる前や昼休み、終わった後などに撮影したものです。

 


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